文:大下文輔

2019年11月19日と20日の2日間にわたって行われたマーカスエバンズ主催のCMO Japan Summit 2019から、第2弾レポートとして国際自動車の事例を取り上げたい。
講演タイトルは『デジタルとアナログの融合によるタクシーの新たな価値創出への挑戦』、プレゼンターは田中慎次氏である。

大変革期を迎えたタクシー業界

国際自動車 田中慎次氏

国際自動車 田中慎次氏

タクシーの歴史は長く、1912年に有楽町で、タクシー自働車株式会社がT型フォード6台で営業を始めたのが最初である。それ以来107年が経過したが、その間3つのエポックメイキングな出来事があった。
1つは当初は価格が定まっていなかったタクシーに料金設定がなされ、運賃メータが取り付けられたこと、2つ目はタクシー無線が導入され、電話でタクシーが呼べるようになったこと、そして3つ目は、燃料のコストを下げるため、ガソリンからLPガス(液化プロパンガス)の使用へと変わったことである。ちなみに現在増えてきているトヨタの箱形のタクシー専用車は、LPガスとモーターのハイブリッド車である。

タクシー業界の運賃は、総括原価方式と呼ばれるやり方で決められている。これは、電気やガスなどの公共性の高いものに適用されているやり方で、人件費や燃料費など、事業の経営に必要な費用に一定の利潤を加えた総括原価を算定し、それが総収入と等しくなるように運賃水準を決定する方法だ。
総括原価方式は、安全の確保がしやすいという利点がある。一方で、一定の利潤が確保されることから、事業変革に対して消極的になるという側面も持つ。例えば過去には運転手のマナーなどの接客レベルが他の業界に比べて低いと言われる時代が実態として続いた。

そのような中で、現在、世界的なライドシェアの動きの中で日本のタクシー業界の歴史上、初めて存亡の危機に陥ると言っても過言ではない状況に直面している。

その様相を一言で言えば、タクシー業界は「タクシー会社」から、「安全を担保できる配車アプリプラットフォーマー」への変革を求められているということになる(図1)。
東洋経済新報社から出ている会社四季報の業界地図を見てみると、2017年度版では「タクシー業界」というくくりになっていたのに対し、2020年度版では「カーシェア・ライドシェア」のカテゴリーになっている。すなわち業界地図が塗り替えられ、配車アプリを軸に再編が進んでいると考えられている。

タクシー配車アプリは、東京を中心にUber、DiDi(滴滴)という海外勢のアプリに対し、われわれ国際自動車を含むタクシー会社5社とソニーグループ2社とが合弁で設立した会社「みんなのタクシー」による「S.RIDE」交通を中心としたアプリ「Japan Taxi」、DeNAを中心としたアプリ「MOV」によって競争が行われている。

図1.タクシー業界は「配車アプリプラットフォーマー」へ (東洋経済新報社『会社四季報 業界地図』2020年版より)

図1.タクシー業界は「配車アプリプラットフォーマー」へ
(東洋経済新報社『会社四季報 業界地図』2020年版より)
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タクシー業界がライドシェアを受け入れにくい理由と導入の推進要因

ライドシェアについては賛否両論あるが、タクシー業界を管轄する国土交通省の見解はライドシェアへのシフトについて、次の点で否定的な見解を示している。

第一に、安全性が担保できない。ライドシェアは、二種免許を持たない一般のドライバーの運転を視野に入れている。また、ドライバーの教育や運行管理体制、保険の加入などを含め、責任の所在が不明確であることが問題である。

第二に、白タクによる各種迷惑行為が現実的に横行していることがある。成田空港には黒塗りの大型ボックス車などが並んでいて、そこに海外からアプリで予約した客が乗り込み、都内へと走る。ホテルの近くで路上駐車したり、それによって渋滞が引き起こされたりするなど、管轄の警察署が頭を抱えるような状況に陥っている。タクシーのみならず、バスでも同じようなことが起こっている。

他方、過疎地においては、利用者減に伴う路線バスの廃止やタクシー事業社の閉鎖などにより、交通手段の確保が喫緊の課題となっている。こうした地域ではライドシェアの導入が期待されており、法令の改正により、ライドシェアの導入推進を目指す動きもある。そのことを考えると、まずは地方から、そして都会へと将来的にはライドシェアが普及してゆくものと考えられる。

変革に向けての対応策

そうしたライドシェアが都市部に普及したときにビジネスがどうなるのかについて、当然ながらタクシー業界としては強い危機感を抱いている。今からその準備をしておく必要があるということで、全国ハイヤー・タクシー連合会と国土交通省が協議して、20項目の対応策を打ち出している。それを順に列挙し、対応状況を記した(図2)。

今後取り組むべき11項目

ライドシェア対策9項目

図2.全国ハイヤー・タクシー連合会と国土交通省による取り組み
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この内、「今後取り組むべき項目」の3番目である事前確定運賃については、タクシーだけが、事後(目的地到着後)に値段が確定するという利用者を不安にさせる値付けの仕組みを持っており、ライドシェアの事前確定運賃の後塵(こうじん)を拝している。だが、国際自動車はこの10月から「S.RIDE」というアプリによって事前確定運賃を導入した。

ITへの投資の考え方

マーケティングに直接関わる話をすると、アプリやウェブサイトによる顧客との接点変化のインパクトは今のところ大きくない。ただし、その変化は急激に起こっていると見られる。
東京エリアでは、乗客が手を挙げてタクシーに乗る(流し営業)が9割を占めており、電話やWeb・アプリによるタクシーの注文は1割にとどまっている。
ただし、その注文の内訳を見ると、 Web・アプリからの注文が2017年11月では14%だったのが、2019年10月では74%を占めるに至った。つまり、電話利用が減り、アプリなどのインターネットが急速にその地位を奪っていると言える。

従って、今後の市場を見据えると利用者の利便性向上のためのアプリ開発によるサービスが重要になってくるが、タクシー事業者1社では投資に限界がある。けれども、タクシー会社以外のプラットフォーム傘下に入ると、事業の主体性が損なわれる。
そこで、東京地区を拠点とする、国際自動車を含めたタクシー事業者5社とソニーグループ2社が出資し、2018年5月に「みんなのタクシー株式会社」を設立した。先に述べたように、この会社では「S.RIDE」というアプリを開発している。

一方で国際自動車の独自性も維持したいと考え、スマートフォンを振ってkmタクシーを呼ぶアプリ「フルクル」を開発し、利用促進活動を行っている。
「フルクル」は、タクシードライバーから見て、現在のお客さまの所在を「見える化」したものだ。あるいはタクシーと乗客のマッチングアプリとも言える。
この導入によって起こったことは新人ドライバーの売上向上である。配属3ヶ月後の平均月間売上は、2年前の同時期と比べてやく1割伸びた。

未来に向けて

「みんなのタクシー」では、タクシー事業のビジネス効率を上げるため、2019年11月から、需要予測のサービスを始めた。
タクシーの乗車率(客を乗せて走行している時間の割合)は40%台と半分以上の時間が、空の状態である。それを解消するために、ソニーのAIとセンシング技術とタクシー走行データを使って、(とりわけ一定額以上のお客さまがどこにいる可能性が高いかなど)をドライバーに提示することができる。

同社は、KDDIの資本参加などにより、MaaS領域を拡充してゆく。JR東日本が開発したアプリ「Ringo Pass」との連携も開始した。
Ringo Passは移動のための検索・手配・決済を提供するもので、鉄道やタクシー、あるいはホテル宿泊やバイクシェアなどの移動・宿泊手段を超えた「シームレスな移動」「総移動時間の短縮」「ストレスフリーな移動」を実現することを目指しており、現在利用可能なkmタクシーだけから、大和交通、チェッカータクシーなども含んだ形へと2019年度内に拡張する。

国際自動車では、こうしたデジタルを活用した利便性の向上だけでは十分とは言えないと考えており、自社のモットーである「ホスピタリティ・ドライビング」社員みんなが実践して、お客さまの乗車体験向上につなげたいと願っている。そうしたホスピタリティを醸成すべく、大卒のドライバーを積極的に雇用し、社内カレッジを創設して、丁寧に他社より長い時間をかけて研修を行っている。

タクシーの未来を創るのは、デジタルとアナログの融合によってなし得ると考えている。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。