価値のものさしを巡る争い

――2020年代のデジタルマーケティング

2020/01/24
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文:大下文輔

マーケティングにおける静かな革命

デジタルマーケティングというコトバの響きは、2010年代前半の「何か新しいもの」を感じさせた時代から「マーケティングのサブセクション」といった狭い感じになってきたように思う。
企業がデジタルトランスフォーメーションを指向するようになると、マーケティングとデジタルマーケティングを区分することは、効果的ではなく、非効率を引き起こす。デジタルを取り込むのがマーケティングの当たり前になっている感覚は、過去20年くらいで起きた急激な変化だろう。

ここ数年で台頭してきたのは、CX、顧客体験価値がマーケティングの中心課題だという考え方だ。顧客中心という考え方は、単に「顧客を大事にする」といったものではなくなってきた。顧客の満足はどこから生まれるのか、顧客は何を評価するのかは「顧客が商品やサービスを利用することによって決まる」という考え方へのシフトだ。

マスメディアを主軸にしたマーケティングが通用しなくなってきたと言われるようになって久しいが、本質は消費者の主体性を無視した「価値の一方的な伝達(もしくは押しつけ)」が通用しなくなってきた、ということだろう。
もともとインターネットは情報の双方向性という特性を持つが、ソーシャルメディアの隆盛により、顧客が簡単に情報の発信者になれるようになったことで、顧客が企業の提供する商品やサービス(の価値提案)を評価できる機会が大規模に創出された。
企業と消費者間の情報の非対称性が解消されたことで、消費者はより主体的に商品やサービスを選び取れるようになった。
これはマーケティングにおける革命的変化とも言える。

マーケティングの本質は変わらないのか?

デジタルトランスフォーメーションの一側面は、データ取得の迅速化・多様化・量的拡大、流通性が増したことにある。これにより、消費者をよりよく知ることができるようになったことは確かだろう。
また、大企業のベテランマーケターなどの講演を取材していると、「データがこれだけリッチになってきていて、消費者理解は進んでいるが、マーケティングの本質は変わらない」と言われることが多い。

そこにある考え方は「顧客目線で見ることは以前から行ってきており、そのあり方がデータによってより明瞭に行えるようになった。顧客目線で見ることの中に、顧客体験および顧客体験価値に対する洞察を含んでいるから、マーケティングの本質まで変わったとは言えない」というものだろう。そして、それが実際上機能しているかどうかがマーケターとしての生命線だから、それはそれで尊重されるべきなのだろう。私自身もその考え方を支持していた。

一方で「顧客体験価値」は、商品やサービスが一方的に提供するものではなく、顧客体験によって生まれるもの、という考え方はマーケティングのパラダイムシフトとも言うべき大変化かもしれないと、ここ1、2年の間に思うようになってきた。
「商品やサービスに価値が内在する」という前提で考えると、消費者の多様な、または柔軟なものの見方や考え方を無視した過剰な「引き算」になりはしないか。あるいは、消費者の見え方の変化に追随できない可能性が出てくるのではないか。
ポジティブに言い換えると、「商品やサービスの価値は消費者が決める」という前提に立って、対話し、インサイトを見いだすことを経時的に行うことによって、良好な消費者との関係性を長期にわたって行うことができる、ということである。

企業の商品やサービスとそれに付帯するメッセージを送り届け、それを「受け取る」顧客、という構図がそもそもマーケティングの限界を生んでいたはずだ。顧客体験は、顧客の主体性によって「メッセージを評価し、それに対するリアクションを生み出す」機能を持つ。

体験価値は何によって生み出されるのか

体験価値は非常に複雑でやっかいなもののブレンドだと言える。
商品を知ってから買い、使い始めるまでの期待がまずあり、その商品を使った第一印象と期待とのギャップを感じる。使い続けることにより印象が変化し、アクション (メッセージへのリアクションを含む) を起こし、それへの企業や他者からのフィードバックにより満足度が変化する。それらすべてが体験価値に絡んでくる。
洋服も化粧品も釣り具もマンションも船旅もすべてそうした様相を持つ。認知から利用をやめた後まで、体験価値は持続する。

商品の見え方、重さ、触覚などの五感への刺激や、購入方法や店舗での体験やサイトのランキングやレビューや製品やインスタグラムへのアップしたときのワクワク感や「いいね!」の反応やら、すべてが体験に関わる。そこへのアプローチとして「デザイン」がより重要になってくる。もちろんブランドストーリーなどのブランディング要素も関わってくる。

そこで、商品やサービスと消費者体験価値の間で中心的な役割を果たすのが、消費者の価値観だったり価値基準だったりする。すなわち、消費者の価値のものさしをどう捉えるのか、その商品を消費者はどのように捉えようとしているのか、価値のものさしを使って何と比べたりするのか、そこにマーケターは注意を払う必要がある。
最終的にNPSのような総合指標を管理指標として採択するにしても、消費者の価値基準やものの捉え方に注意を払う必要があることに疑いはない。近年起きているCMOのポジションを廃止してCCO(Chief Customer Officer)に置き換えたり、カスタマーサクセスを重視したりする流れもこうしたことと関係しているだろう。

データがリッチになることで増える課題

モノの売り切りからリテンションモデルへのシフトはトレンドの1つだが、企業と顧客の長期の関係性がより重要になる中での最終的なゴールはLTVの増大だとされる。LTVのVすなわちValueは顧客が生み出す金銭価値だが、その源は体験がもたらすValueでもある。

なぜこれだけリテンションモデルが増えてきたのだろうか。1つにはリテンションモデルの方がオペレーションコストを安くできるということがあるのかもしれない。ただそれはあくまでも副次的なものであって、背景にあるのは収入格差と価値の多様化にともなう市場のフラグメンテーション(断片化:極めて細かに分かれること)とそれに対する対応がそうさせているのではないか、ということだ。
それには2通りあって、1つはニッチなサービスを少数の顧客に提供する場合。例えば個人の記事配信のようなCGC(Consumer Generated Content)などはそれに相当するだろうし、もう1つはSpotifyやNetflixのような多彩なコンテンツを多種多様な志向を持つユーザーに対応してそろえるような場合である。

そしてフラグメンテーションに対応する理想であり究極の手段がOne to Oneである。One to Oneの本格運用は現段階ではごく小規模のサービス以外にはなかなか実現が難しいだろうが、そちらの方向に向かって行くであろうことは想像に難くない。
最終的には一人ひとりの状況をリアルタイムに取得し、過去データや周辺データと合わせてその人が置かれたコンテクストを読んでふさわしいコンテンツフィードやレコメンデーションを行うことが、集めるデータの究極の目的だろうが、データを集められるということは、それを活用するための分析と活用の方法が複雑化していくということである。これについては際限がないだろう。

結局巡り巡って課題となるのは、消費者の価値をどう捉えるかという問題であり、それに対応するかのようにインサイトドリブンマーケティングというバズワードも見られるようになっている。

 

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。

 

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