文:大下文輔

2019年11月19日と20日の2日間にわたって行われたマーカスエバンズ主催のCMO Japan Summit 2019から、第三弾レポートとして日産自動車の事例をお届けする。

講演タイトルは『インサイト発見力を高め価値を生み出すデータ活用』、プレゼンターは日産自動車 コーポレート市場情報統括本部 本部長の桐竹里佳氏だ。

桐竹氏の話は、車を巡る消費者の購買行動の変化と、車内での体験の変化という2点に及んだが、本稿では後段の車内の体験の変化に関わる消費者インサイトの事例としてNOTE e-POWERを取り上げる。
昨年にもこの事例を一部取り上げたが、今回は盛りだくさんの内容をこの事例を中心としてダイジェストしたい。

日産自動車 桐竹里佳氏
日産自動車 桐竹里佳氏

経済的なメリットの背後にあるカスタマーの価値観の基盤

NOTE e-POWERは、R&Dの立場からはハイブリッドの一種(シリーズハイブリッド)と位置づけられるものである。
この方式は、走行に関してはモーターを使い、ガソリンは発電用という点で、ガソリンを走行にも使う一般的なハイブリッドと異なる。
走りは電気自動車の特性を持っているのだが、その長所は「反応がいい」「力強い」「スムーズに加速する」「静かに走る」「燃費がいい」ことだ。
これをどう世の中に伝えていくかについて、消費者インサイトを探って組み立てていった。

調査を通じて得たコンパクトカーのお客さまの認識として、「良い車」とは何かと言うと「エコカー」を意味し、「エコカー」とは「燃費がいい車」であり、「燃費がいい車」とは「ハイブリッド」という思考の枠組ができている。つまり、ハイブリッドというエンジンの種類がエコカーと強く結びついている。

NOTE e-POWERは、コンパクトカーというカテゴリーに属しており、コンパクトカー購入の際の重視点をコンジョイント分析で見てみると、「ブランド」、「エンジンの種類」(すなわちハイブリッドかどうか)、「価格」の3つが占めていることがわかった。

そうした状況下で、e-POWER以前のNOTEは苦戦を続けていた。また、ハイブリッドの競合車が「燃費がいい」というイメージを獲得していたのに対し、NOTEは、「イメージがない」という項目が突出して高かった。
こんな特徴のない車でブランディングができるのか、という危機感が社内にあった。

そこで、お客さまの心理をもっと丁寧に見て、どうしてハイブリッド信奉が起きるのかを解明すべく、そのニーズの背後にある価値観を探った。

そうすると、コンパクトカーのカテゴリーにおいては「リスクのない商品を買いたい」ということにたどりついた。「リスクがない」とは「ライフスタイルに影響しない」、「購入に際して不安がない」、あるいは「経済的負担が増えない」ということを意味する。この「リスクがない」と思える車でなければ購入してもらうことはできないのだ。

お客さまのニーズである「経済的負担のない車」ということに対して、ハイブリッドカーは「燃費が良くて経済的である」ことを訴求できるが、同時に「環境に配慮していることを見せたい」という心理的欲求も満たすことができる。

つまり、ハイブリッドカーを買うと「経済的にお得でありながら、ちょっぴり見栄を張れる」のだ。一方でハイブリッドカーを買うことで「運転の楽しさ」は、そこそこでいい、といった形のいわば諦めがある。こうした価値構造がお客さまの中にあった。

まとめると、Economy、Ego、Ecologyの3Eをリスクなしで味わえる「Enjoy 3E」がハイブリッド車の属するコンパクトカーのカスタマーインサイトであると結論づけた。

このEconomy、Ego、Ecologyの3つの点とその基盤であるリスクフリーという点に関して、ハイブリッドの所有者から見たとき、ガソリン車、ハイブリッド車、EVはどう映っているのかを探ると、ガソリン車は「リスク無しで買いたい」という条件を満たしてはいるが、Economy、Ego、Ecologyのいずれをも満たしていない。
他方、EVは航続距離が短い、車両価格が高い、充電のインフラ整備が不十分というリスクの塊に見える。

もう一つ気づいたことは、ハイブリッドカーの所有者から見て、EVに比べるとハイブリッド車は普及しすぎていてEgoの点で相対的には弱いこと、またEconomy、Ecologyの点でもEVにかなわないということだった。

そこから、EVはリスクフリーという基盤となる価値に弱みがあるが、3Eは完璧に満たすことができるという特徴があることに気づき、リスクフリーを克服すべく「充電のいらない電気自動車」を製品コンセプトとして導き出した。「充電のいらない電気自動車」こそ、シリーズハイブリッドという技術が達成できるプロダクトだ。

新たなバリュープロポジション(価値提案)によって、顔が生まれた

実際にこのコンセプトをお客さまに調査で尋ねたところ、「充電のいらない電気自動車」は、魅力度も新しさも圧倒的に高く、加えて好意度、購入検討、そして購入意向も高い値を示した。

また、定量調査だけではなく、フォーカスグループインタビューで定性調査にかけたときも、参加者の反応を見て、バックルーム(ワンウェイミラー越しやモニタースクリーンでインタビューの様子を観察できる部屋)にいたマーケティング担当者や開発担当者は「これはいける!」と盛り上がった。

その後、社内のプロセスでは「なぜ、ハイブリッドなのにハイブリッドと言わないのか」などの議論が侃々諤々(かんかんがくがく)行われたが、これらの調査データをもとに、これでいこう、という最終判断となった。「充電のいらない電気自動車」というコンセプトをもとに、「電気自動車の新しいカタチ」というメッセージが生まれた。

e-POWERの発売前にはNOTEはほとんどイメージのない大衆車だったが、発売後は「候補に入れる価値のある車」へとポジションを動かしていくことができた。
さらに、e-POWERのイメージは、「日産の素晴らしいテクノロジーによって何かが始まる」「EVのテクノロジーで進んでいこうとする日産の個性を感じる」など、日産のEVに対する信頼につながり、そして、e-POWERが将来EVに移行するまでのネクストステップとして捉えられるようになった。

その甲斐(かい)あって登録車販売台数が1位となったことも喜ばしいが、よりうれしかったのは、イメージのなかった車にきちんとした「顔を持てるようになった」ことだ。
イメージを調べると、「燃費が良い」「環境に優しい」「技術的に優れている」「革新的」などのスコアが大幅にアップしていた。また「EVと言えば」という質問に「日産」と答える人が大幅に増えた。

自動車メーカーも、真剣にユーザーエクスペリエンスの提供に取り組む時代

ここで、車内体験の変化について見ると、地図とカーラジオの世界から、カーナビとCDの世界になり、今やETC2.0で渋滞の少ないルートの自動提案や、スマートフォンの接続によるハンズフリー通話など、どんどん快適化してきている。やがて自動運転になれば、ドライバーが車内で食事をするなどできるようになるだろう。

これは、車が「操縦するもの・コントロールするもの」から、「より自分の体験を高めるもの」「よりエキサイトできるもの」あるいは「共鳴できるもの」になるということであり、同時に車内が「家とは別のプライベートな空間」から「リビングとシームレスな空間」へと変わることだ。このことは、自動車会社が真剣に車内でのユーザー体験(UX)の提供に取り組まなければならなくなっていることを意味する。

東京モーターショーで披露したように、車と外の世界がシームレスになるという状況を社として日々研究しているが、企画の段階からお客さまに魅力のあるものを見つけるために、データの取得にも新しいテクノロジーを取り入れている。
例えば、アイトラッキングを使って運転中のユーザーの視線の流れを理解したり、構想中のユーザー体験のフィードバックを迅速に得るためにVRを活用したりなどのチャレンジが続いている。

さらに、FOTA(Firmware On The Air)と呼ばれるような、車に搭載されたファームウェア(制御用の基本ソフト)を無線通信でアップデートする技術が進んできて、これまでのようにディーラーに足を運ぶことなく、カーナビ用の地図データの更新や、不具合修正をし、データやソフトは常に最新の状態にすることができる。
FOTAにより、車体本体のデータと同時に、ユーザーの行動情報(目的地や経由ルート、車内実施していること)を取得することで、お客さまに新しい体験の提供や、不具合の迅速な解決による満足度の向上と付加価値の提供が可能になる。
企業にとっても、ディーラーでの特別な整備の道具が不要になったり、ブランドロイヤリティの熟成につながるといった利点がある。

そうして目指すところは「ゼロ・エミッション」(排ガス無し)、「ゼロ・フェイタリティ」(重大事故なし)の社会である。

技術の進化に伴い、データの取得や活用も日々進化している。
しかし、e-POWERの事例に見たように、マーケティングの成功は、そうしたテクノロジーやデータ取得の手段にかかわらず、カスタマーインサイトの追求から生まれるという本質的なことは変わらない。
車の所有から利用、シェアリングといったパラダイムのシフトが起こってはいても、カスタマーインサイトの追求なくして、新たなバリュープロポジションは生まれないだろう。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。