文:大下文輔
2020年9月29日と30日、CINCの主催でオンライン展示会「Contents Innovation Conference2020」が開催された。
この展示会は企業へのオンライン相談会とトークセッションという2つの大きなカテゴリーから構成されていたが、MarketingBaseでは両日のトークセッションの中から2つをレポートする。
本稿では「データドリブン・マーケティングの挫折と進化~成果を上げるための本質的なデータ分析とは~」と題するセッションをダイジェストしてお届けする。
このセッションではJX通信社の松本健太郎氏をモデレータとし、株式会社秤の小川貴史氏と株式会社メンバーズ メンバーズデータアドベンチャーカンパニーの白井恵里氏の2人がスピーカーとなり、松本氏の設定した問いにスピーカーが答えるという形式で進んでいった。
松本氏の設問は次のようなものだ。
・この2~3年で、データドリブン・マーケティングをめぐる変化はどのようなものだったか?
・そもそも、マーケティングに分析は必要か?
・なぜ、定性データは人気がないのか?
・Whyを見つけるデータ分析はあるか?
・職能としてのマーケターは、リサーチや分析という手段を使いこなせるようになるべきか、あるいは完全なる専門家に任せるべきか?
取得できたデータを使いこなせずにいるのが、マーケティングの今
白井氏は、1つ目の質問に対して、2014年頃からの変化を次のように捉えていると回答した。
まず、2014年頃から、複数のデータソースを統合管理するDMPが使われるようになり、各ユーザーを軸としてそれぞれのコンタクトポイントでの行動をトラッキングしアトリビューション分析がなされるようになった。結果として、それまで一握りの専門家によって扱われ分析されていたデータをマーケティングの施策担当者が見るようになった。
その流れを受けて、2016年あたりから、マーケティング施策担当者自身が分析し、レポートが作れるようになるセルフBIツールが流行し始めた。その象徴的な出来事として、2019年にセルフBIツールのtableauを営業支援ツールのプロバイダーであるSalesforceによって買収されたことが挙げられる。
2020年の現段階では、データの取得に苦労し、分析を専門家の手に委ねていた以前の状況とは異なり、データが取れるようになり、蓄積されたデータをツールによって誰もが可視化できるようなった。
しかし、その状況から踏み出せないでいる。つまり、どのようにデータを利用して施策につなげていくのかがマーケティングの担当者に見えていない、というのが白井氏の観測だ。
白井氏によれば、データ活用のフェーズは4つに定式化できると言う。その4段階は、図1に示した通りだ。そして、現在はどこにデータが格納されているかがわかり、そして定点観測まではできている。けれども、その次の段階であるアクション、施策にデータの分析が活かせておらず、その先の予測モデルやスコアリングにはまだ手が届かない、というのが標準的な企業・マーケターの立ち位置だ。
データの定点観測から踏み出して、アクションにつなげ、そしてその先に行くためには、データをどう活用したいのかという意思や、なぜそうなのかについての洞察が必要となる。
トラディショナルな手法に通じるのがマーケターとして重要
2つ目の問い、そもそもマーケティングに分析は必要かという設問は、マーケターを戸惑わせるものだろう。マーケターの多くは、疑うことなく分析を行っている。施策を生むのには確信が必要だからだ。
小川氏もこの問いに困惑しつつ、データドリブン・マーケティングを3つのフェーズに分け、YESであるという前提で説明した。(図2)
第1は、トラディショナルなデータドリブン・マーケティングのフェーズ。分析のデザイン的観点から見ると、従来型の母集団を反映した調査ベースの標本データ、トラッキングによる時系列データなどのスモールデータを扱う。それを統計的に処理し、因果推論や確率モデルを使った定量的に分析することと、発言や観察結果を心理学や行動経済学に基づいて定性的に分析することの2つを中心とする。
これらの手法を駆使してマーケティングについての著書としては、森岡毅氏の『確率思考の戦略論』などが挙げられる。この段階の分析の目的は、マーケティングの文脈では消費者と呼ばれる人間理解であり、消費につながる態度変容である。
第2、第3段階ではスモールデータからビッグデータへと扱うデータ量が飛躍的に増大する。
第2段階は、カスタマーセントリックなDX、すなわち顧客体験の向上によって企業と顧客の関係性を長期的に維持することを目的としたデータ分析を行う段階である。
ここで扱われるデジタルデータはアプリケーションやデータベースで取り扱える構造化データが中心となる。
データ格納のタイプはデータウェアハウス(DWH型)であり、目的とするカスタマーサクセスのために使われる手段としてカスタマーデータプラットフォーム(CDP)や、マーケティングオートメーション(MA)、ウェブ接客ツール等がある。
この時代のマーケティングの様相を代表する著書が『アフターデジタル』である。
第3段階は、自動化された機械学習やディープラーニングなどを駆使して、需要予測や推定、ダイナミックプライシング(状況に応じて柔軟に素早く変化させる値付け)など、意思決定の自動化を目的としたマーケティングである。
この段階で扱うデータはありとあらゆるもの、すなわち構造化データだけでなく、構造化されていない画像や文書、センサーログなどを含む非構造化データも合わせて扱うため、そのデータ量はますます膨大なものとなり、データレイクと呼ばれる生データを直接プールする形式の格納方法になる。
マーケティングは、人間理解を前提としないものとなる。要は、膨大なデータを読み込んで、消費行動の「なぜ」がマーケターにわからなくても結果を出せる施策(例えばダイナミックプライシング)を担当する。
小川氏は、機械任せ・他人任せにするのではなく、分析を通じた顧客理解や行動変容といった基本的な分析を通して施策を紡ぐ第一段階のスキルが、マーケターにとって今後とも重要であると説く。
定性調査は有用かつ重要
定性調査について、もともとデジタル分野に関わりの深かった松本氏は、マーケティングの関心分野を消費者インサイトに移している。同氏からのこの直球の質問に対し、白井氏は次のように答えている。
白井氏の体験からすると、定性調査は学問的な裏付けを持った方法であるにも関わらず、「それはあなたの主観でしょ」と言われがちだと言う。
そして、例えば素早くこまめに手を打つことが必要なインターネット広告の運用では、定性調査をじっくり行う時間もないが、それ以上に調査をして改善を加えるよりもむしろ自動最適化に頼った運用のほうがむしろ成果が上がるということが事実としてある。
松本氏が放った次の質問、「ではWHY?を見つけるリサーチや分析はありますか?」ということに、白井氏は「定性調査ですね」と回答している。定性調査と定量調査には図3のようにそれぞれの長短所がある。そして、定性調査によって消費者行動の「なぜ」が理解できることは、施策実行のフェーズでの強力なおまじないになる。
マーケターに必要なリサーチ・リテラシー
最後の質問として、「職能としてのマーケターは、リサーチや分析という手段を使いこなせるようになるべきか、あるいは完全なる専門家に任せるべきか?」が松本氏より提起された。
小川氏はこれに対し、「使いこなすべきである」との立場である。
例えば、サンプルサイズがどの程度あれば出てきた数字の差が確かなもの(統計的有意)であるのかが感覚として(あるいは知識として)備わっていないと、判断を誤ってしまう。
正しく数値結果を見て判断する力はマーケターにはぜひとも必要である。データ分析の専門家と施策中心のマーケターの機能分離は可能だが、少なくともプロのマーケターであろうとするなら使いこなせたほうがよい、と語る。
同じ問いに白井氏は、マーケター個人のキャリア戦略という点から見て、ウェブマーケティングの範囲(集客、CSなど)を超えてプロダクトのブランディングや事業開発など幅広く仕事の領域を拡大するために、データ分析のスキルを身につけておくべきだ、と答える。
すなわち、データ分析のスキルはウェブマーケティング領域とは異なる分野にも有用な能力である。言い換えればデータ分析はウェブマーケティングと他の分野のブリッジになりうるものだ、という見解を示された。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |