文:大下文輔
毎年恒例のCMO Japan Summitも2020年は新型コロナウイルスの影響でいったんは延期され、10月7日、8日の両日に開催された。多くのマーケティング関連イベントがオンラインのイベントに変更される中、CMO Japan Summitはリアルな会場イベントを行った。それは、多忙な経営層のマーケターが集まるこのイベントが、ネットワーキングの場でもあるからだと思われる。実務に即した課題解決には、同じ職種の経験値が役立つことが多いからだ。
新型コロナウイルスの影響は、さまざまな形で日本の企業の変革を促すきっかけになっている。DX(デジタルトランスフォーメーション)への移行は、組織再編という大きな課題を伴う場合が多い。
ローソンでは社長の強いコミットメントのもと、マーケティング戦略本部を中心にした組織強化に取り組んでいる。その中心となっているのが同社 執行役員 マーケティング戦略本部副本部長 兼 商品本部副本部長 の大谷弘子氏である。
大谷氏は日系企業に9年間勤務したあと20年に及ぶ外資系企業でのマーケティング専門家としての経験を積み、2018年にローソンに入社した。
「ウィズコロナ&アフターコロナ時代をリードする強い組織を作る」というプレゼンテーションでは、働き方、学び方、暮らし方が多様化する中で、組織の中でのマーケティング部門のあり方や社会的責任を考えることをテーマに話が展開された。
外資系企業におけるマーケティング組織
2、3年ごとに異動を繰り返す典型的な日本企業では、マーケティング部門に配属されてマーケターになっても、またすぐに別部門に異動してしまう。これでは専門家が育たない。
そこでジョブ型採用による専門性を基本とする外資系企業での一般的なマーケティング組織のあり方を見てみることにする。
マーケティングチームの役割は、「お客さまを最もよく理解し、戦略を策定する中心的存在であり、全てのマーケティングプロセスに関わり、成功確率を上げるために全体のプロセスをリード/ドライブする」こと。
外資系メーカーを例に取れば、ミッションは「日々変化・進化するお客さまの課題解決・ニーズを満たすことを通じ、ブランドを育てながら、ビジネスの持続的成長をリードする」こと。
そして、主な責任と貢献は、「全体戦略を策定し、売上・利益の目標達成をリードする」とともに「高い専門能力を有し、スピードを持ってマーケティング活動を推進する」ことである。
ミッション達成を支える特徴は4つあり、そのための仕組みは次のようになっている(図1)。
責任範囲を明確に決めたJob型の採用を行う。責任範囲は、詳細なJob Description(職務規定書)を作成し、それに基づいて契約する。職務環境の変化が激しい昨今では、グレーゾーンが発生しやすいため、頻繁なJDの書き換えが必要となり、3ヶ月に1度になることもある。社内の人材募集でもJDが使われる。
JDは、例えば次のような構成で作成される。
- 主な役割:なぜ、この仕事、役割が必要なのか
- ワーキング・リレーション:誰にレポートし、部下は誰で、同僚は誰か
- 職務範囲の追加情報(もしあれば):予算規模やチームの規模など
- 主な職責(最重要):日々の責任事項やタスクなど
- 職務環境:例えば、取引先や代理店やグローバルのどこと協業するかなど
- 望まれる教育と経験:そのポジションにふさわしい教育や職務経験、スキルなど
- 育成計画の策定、実施と、客観的な評価を行う。評価は360度評価、すなわち部下や上司、クライアントなどあらゆる関係者からの評価を受ける。また、自身のキャリアプランの他に、上位者はサクセションプラン(後継者育成プラン)に基づく活動も行い、それも評価の対象となる。
- 専門職として必要なトレーニングを継続的に行う。レベルに応じて、グローバル、リージョナル、ローカルでのトレーニングなどがある。
- 世界レベルで統一の取れたマーケティング活動を行うべく、強力なサポートがなされる。例えばブランドイメージを統一するため、世界共通のブランドガイドラインが作られ、ブランドブックのような形で供給される。
ウィズコロナ&アフターコロナをリードするために検討すべきこと
新型コロナウイルスの影響により、ビジネスを取りまく環境は、不確実性、複雑性が増しているにもかかわらず、激しい変化に追随するために全てのことがスピードアップを必要としている。会社全体でそれを実現するために考えるべき3つのことがある。
- 会社全体が、これまで以上に徹底して「顧客起点・顧客視点」を貫くこと。Outside-In、すなわちブランドや製品を外からの視点で見て対応することが重要。
- 組織強化・組織変革について会社トップ/リーダーが強いコミットメントとサポートをすること。その状況下で、
- 1)サイロ的な行動・思考を打破し、関連組織が一つになって機敏にチャレンジすること。
- 2)マーケティングチームが関連組織を横断して、「全体の指揮者」となって、ブレずに、情熱を持って進めること。この全体横断的かつ、専門的な組織をT型組織と呼ぶ。アルファベット「T」を構成する横棒が全体組織をまとめる指揮者の役割を意味し、縦棒はマーケティングチームが高い専門性を持っていることを意味する。
- マーケティングチームが高い専門性を持ち、磨き続けること。
成功するマーケター、成功するチーム
端的に言えば、上述のT型組織に即した、「T型リーダー」になれる人が、成功するマーケターだ。高い専門性を持ちつつ、広い見識、多彩な経験により横断的に社内をドライブしていける人材、とも言える。このT型人材になれる人は、以下のような特徴があり、そのうち複数を持っている人でもある。
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- 好奇心が旺盛で、前向きな人。
- すなわち、不確実なことを(嘆くのではなく)「面白い!」と思って楽しめる性質を持っていること。
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- 向学心、向上心のある人。
- すなわち、めまぐるしい変化の中でも「学び続けたい」「成長したい」と思い、常に行動するタイプ。そして、わからないことがあったときに、「教えてほしい」と言える気持ちと行動が大事。
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- Resilience、粘り強さを持った人。
- Resilienceとは、何かのショックを受けても、そこから立ち直りができることで、回復力、復元力という日本語が充てられる。変化への柔軟さ、と考えることもできる。すなわち、不確実性が高まっている状況下で、想定外のことが起きたときに、へこたれず、諦めない姿勢を保(たも)てるという特質。
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- チームスピリット、情熱のある人。
- すなわち、「みんなで一緒に成功したい」という熱い気持ちがあること。また自分のノウハウや知識を惜しみなく他の人に教え、分かち合うことができるという性質があること。
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- データ活用力、戦略性、Agilityを兼ね備えている人。
- Agilityとは機敏性、敏しょう性などと訳され、キビキビ、テキパキ、素早く行動できることを指す。すなわち、変化を見つける情報源としてデータを見つめ、適切なデータを見極め、戦略的思考を持って見つめ、仮説を立てて素早く検証できる。そのFactを駆使して課題を解決したり、新たな道を切り開いたりすることができるという能力を有するという特徴があること。
これらの全てを兼ね備えた人を見つけることは至難の業である。現実的には、「ポテンシャルのある人」を探して見極め、育てることが重要。個人に全てを委ねるのではなく、至らない部分はチームで補完すれば良い。
成功するチームは2つの特質を持つ。
一つは情報を吸い上げ、意思決定し、速攻でダウンロードするフラットな組織であること。階層の少なさが、情報の歪みをなくし、スピードを上げることを可能にする。
もう一つは、風通しの良い環境・人間関係の組織であること。ものが言いやすく、他人のアイデアを否定しないと同時に、萎縮・遠慮して自分のアイデアを封印しなくてもいい組織でありたい。
また、日本企業にありがちな他人の至らないところばかりをフィードバックするのではなく、良いところもどんどんフィードバックしあうことが望まれる。そのことで互いの成長を促すことができるだけでなく、自分では気づいていない強みに気づくことも可能にする。さらにそれを伸ばすことで、自身の「差別化ポイント」(自分独自の貢献要素)になる。
ビジョンはぶらさず、走りながら軌道修正を
大谷氏は最後に、次の文言でプレゼンテーションを締めくくった。
ウィズコロナ&アフターコロナ時代をリードする
強いマーケティングチームを築くために、
まず、チームビジョン(どんなマーケティングチームにしたいか)を定め、
それと現状のギャップを認識することから始めましょう。ギャップを埋めるためにどのようなステップを踏むべきか考え、
とにかく第一歩を始めることが大事です。激しい変化の中でもビジョンはぶらさず、試行錯誤を繰り返し
走りながらどんどん軌道修正して進みましょう!
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |