文:大下文輔
CMO Summit Japan 2020のレポート1に続くレポート2では、Summit全体の議長を務めた、西井敏恭氏による「サブスクリプションで売上の壁を超える方法」のセッションをダイジェストして報告する。
西井氏はオイシックス・ラ・大地のCMT(Chief Marketing Technologist)のほか、株式会社シンクロの社長、家族型ロボットの「LOVOT」開発のGROOVE X社のCMOを勤めるなど、「複業」の先達(せんだつ)でもある。
今回のプレゼンテーションタイトルは、2020年1月に出版された著書のタイトルでもある。このセッションでは、著書のアップデートも含め「サブスクリプションとは何か」が丁寧に紹介された。プレゼンテーションでは複数のサブスクリプションの施策が例示されたが、ここでは割愛する。
(以下、文中の第一人称はプレゼンターの西井氏を指す)
サブスクリプションは従来型の定期購読・購入とどこが違うか
オイシックスは「食」×「サブスクリプション(定期購入)コマース」の圧倒的No.1プレーヤーへの成長を目指すことを中期成長戦略として掲げている。ほかにも自分が関わっているサービスにはサブスクリプションモデルを使ったものがいくつもある。
ところで、サブスクリプションとは何だろうか?
Wikipediaを見ると、日本では定額制と言われているような、顧客がサービスや商品の利用期間に応じて料金を支払うサービスであること、「予約購読」「年間購読」から転じて「有限期間の使用許可」の意味になることが書かれている。
サブスクリプションとは何かを考えるにあたり、いくつかのサービスで、従来型定期販売サービスと比較してみよう。
まずは、オイシックスとネットスーパーの比較。
ネットスーパーは、何か食材が必要になったときにオンラインで注文すると、配送センターにある在庫をすぐに送り届ける、すなわち注文してから届くのが早い。
他方、オイシックスでは注文してから届くまで3~4日かかる。その理由は、有機野菜やミールキットといった大量生産が難しいものを予約の形で募ってから収穫に入るからだ。言い換えれば「収穫や生産してから」という視点で見ると早いのだ。
NetflixやHuluなどの動画配信は、J:COMやひかりTVチャンネルのオンライン版だろうか?あるいはNewsPicksは新聞のオンラインでの置き換えだろうか?
サブスクリプションや定期販売は市場が伸びているから移行するのだ、と考える人もいるだろう。だが、ジャンルによって成長率は異なる。同じサブスクリプションにしても、昔からある健康食品などは成長率が売上高の前期比率が高々1桁代であるのに対し、家具のサブスクリプションの場合は、20~30%近い販売の伸びがある。
似たような例として、「D2C」と「SPA」があるが、この違いは何だろう?
以前自分が関わった商品に、ドクターシーラボの化粧品がある。D2Cは2013年ころ、アメリカで言われ始めたコトバだが、当時はよく理解できなかった。
「D2Cはデジタルで完結していて、SPAは実店舗を持っている」「SPAはアパレル製品を扱うブランド」「D2Cは商品の企画製造から、情報発信、コミュニケーションまで全てデジタルで実施している」などがあるが、どれも私の認識ではD2Cの定義として間違っていると考える。
以前から定期販売やメーカー直販というモデルがあるなかで、なぜこの数年サブスクリプションやD2Cが注目され、時代の変化とともに何が変わってきたかというと、マーケティングのあり方だ。
従来のマーケティングは「○○の機能でこんなに安い」、「あの商品とは○○が決定的に違う」といった商品の差別化や機能性を押し出したが、今や一方的な広告や販促を伴う従来のマーケティング手法では売れない時代になっている。
なぜなら、インターネットではユーザーが自身のタイミングで能動的に情報を検索し、SNSなどで友人や知り合いからオススメを紹介されるなどの行動変化が起きてきたからだ。
このような背景をもとに、サブスクリプションモデルを考えると、その基本は
LTV(生涯顧客価値) > CPO (顧客獲得コスト)
にあると言える。
過去からの定期販売は、この定式ではCPOをさげるところにマーケティングは注力してきたが、今のサブスクリプションでは、LTVを大きくすることに注力するのが、大きな違いだ。
今の時代はスマートフォンを使えば片手でいつでもモノを買うことができる。従来型の定期販売は、注文を都度行うことを省略できることに顧客利便性があった。だが、この利便性はどんどん薄れている。
また、毎月決まった量の何かが送られてくることによって、それが使い切れずに余ってしまうことがあると顧客利便性はなくなる。そのことによって解約が生じ、LTVが下がる。あるいは、商品の差別化を広告で訴求することが難しくなるとCPOが上昇する。
結局、今のサブスクリプションモデルは、従来型の定期販売とビジネスモデルは同じだが、マーケティング手法が異なる。LTVを上げ、CPOを下げるために、オンラインでの定期利用に対してデジタル(データ)を活用したマーケティングを行うのが、今のサブスクリプションやD2Cのあり方だ。
DX型マーケティングとその3つのポイント
テクノロジーの進化によって、DX(デジタルトランスフォーメーション)が進んでいる。要は企業活動のあらゆる側面がデジタル化するのだ。DXに伴った顧客理解の進化を推し進めるのがDX型のマーケティングだ。
サブスクリプション、D2CのDX型マーケティングには3つのポイントがある。
第1は、「モノを買う」ことから「利用する」ことへの変化である。
例えば、かつては音楽を聴くのにCDというパッケージが流通していた。だが、消費者はCDというモノそのものが欲しいわけではなく、音楽を聴きたいのだ。そこにサブスクリプションサービスが成立する余地がある。
オイシックスのような食品宅配事業の場合、新鮮な野菜を販売しているが、本来的に消費者が望んでいることは「豊かな食卓」の実現だ、ということを前提として、サブスクリプションサービスを提供している。
第2は、データ活用によるUX(ユーザー体験)のアップデートである。
音楽産業の場合、以前はCDが売れればそれで良かった。けれどもサブスクリプションは、稼働しないユーザーにアラートを出したり、好みの曲をお知らせして定期での成功をヘルプしたりして、UXのアップデートを行っている。
食品宅配事業の場合、かつては必要になったときに冷蔵庫を見てスーパーに行くという買い物体験から、1週間前に翌週の料理を決めて、決まったときに商品が届くという変化だが、それによる体験の成功をUIやメールでヘルプすることで、UXのアップデートを行う。
第3は、ソーシャルによる顧客とのサクセスの共創である。
音楽配信サービスでは、ユーザー同士でリスト作成をしたり、データで各ユーザーの好みを理解し「音楽を発見」する楽しみを作ったりする、などの例がある。
食品宅配においては、ミールキットをアンバサダーと共創するという事例があるし、自宅での料理の写真をアップする人が増えることで裾野が広がる。
DX型マーケティングは、契約が起点となる
従来の定期販売マーケティングは、広告などによってCPOを下げることがマーケティング活動の大半を占めていた。
けれども、サブスクリプションのマーケティングは、契約による利用開始が起点となってマーケティング活動が展開される。
サービスの利用によって、顧客がUXを向上させる(成功)することがまず重要であり、利用し続けるためのものとして、商品開発やサービスが繰り広げられる。満足度が高くなるにつれ、顧客との共創活動が活発化する。
共創は、顧客が主体的に参加することで、そのサービスとの関わりが自分ごと化され、情報も発信されやすくなる。その状況をベースとしてプロモーションを行い、新たな契約を結ぶことで顧客を拡大する。このようなサイクルを繰り返すのが、サブスクリプションによるマーケティングである (図1)。
従来型の定期販売のマーケティング活動は、売るまでを対象としていた。一方で、サブスクリプションは、LTVの向上のために、買った(契約した)あとにいかに利用を継続して、ファンとなり、口コミを醸成してもらえるかが重要になってくる。すなわち、「買ったあと」の継続的なマーケティングが必要なのだ。
従来は、マーケティングは「売れる仕組みを作る」こととされてきたが、サブスクリプションやD2CのDX型マーケティングにおいては、「商品やサービスを使い続けたい気持ちづくり」が最重要のポイントとなる。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |