文:大下文輔
CMO Japan Summitは、各企業のCMOクラスの人を対象にしている。いわば各社のマーケティングの代表が集まって交流し、意見の交換を行える貴重なリアルイベントだ。2021年も何度かの延期を経て、7月7日と8日の2日間、ホテル椿山荘東京で開催された。
本記事では、ゴルファー向けのオンラインサービスであるゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)が、ユーザーエクスペリエンスをマーケティングコミュニケーションの中心に据え、どのように改革を行い成果を上げたかについて、志賀智之氏の講演内容を紹介したい。
全社横断でマーケティングを推進するUXD本部
GDOは会員数491万人(2021年8月末現在)、月間PV1.5億を誇る大規模なオンラインサービスである。ゴルフメディア、ゴルフ用品販売、ゴルフレッスン、ゴルフ場予約の4つのサービスを主軸として事業を展開している。
230万アドレスにメール配信可能な他、SNSではLINE@で45万ユーザーを獲得するなどしており、会員とのコミュニケーションを展開している。
社内組織としては、ユーザー行動視点でマーケティングを考えるUXD(User Experience Design)本部が全社横断的に機能し、新規の会員獲得に向けてのあらゆる活動と、既存会員のロイヤリティ向上を担っている。
会員に対する各種の販促施策は各事業部が担当するが、その中心となって全社的に顧客基盤の拡大を行うのがUXD本部の役割である。
理念を見直す
「カスタマーエクスペリエンスの改善」とは、お客さまの「行動・感情・本音」を理解し、お客さま視点で顧客体験をデザインすることに他ならない。お客さまはどんな行動をしているのか、その中でどんな接点を持てるかなどを抽出し、それに相応しいコンテンツやサービスを考えた上で、適切なタイミングで適切なコミュニケーションを行うことをゴールとする。
そのためにUXD本部で最初に行ったことが、顧客理念の見直しであった。
言葉として「お客さまのゴルフライフに寄り添う存在である」と表現された。
この顧客理念は「コンセプト」、「提供価値」「お客さまへのスタンス」「基本行動指針」の4つのサブカテゴリーで明確化されている。
例えば、「コンセプト」は、「ゴルフの多様な楽しみ方を提案し、ゴルフライフをもっと楽しくするベストキャディ」となっている。
ここで定義した顧客理念に基づいて、サービスやプロダクトに人格を設定することからコンシューマーエクスペリエンスの改善がスタートした。
例えば、スコアアプリなら「キャディのようにきめ細かい」「親切」「親しみやすい」「大切なゴルフ仲間でありたい」といった具合である。
このようにプロダクトに人格を設定してみると、顧客とのコミュニケーションを行う上で「やった方がいいこと」と「やってはダメなこと」の判断基準が見えてくる。そして、広告、店舗、ウェブ、アプリ、メールなど全てのチャネルにおいて、設定した人格に則って接客を行うということを徹底する。
コミュニケーションを見直す
今回は、メールによるコミュニケーションの見直しを取り上げる。
顧客理念を定義する以前のメールの状態を見ると、GDOは、商品購入やゴルフ場予約以外にもさまざまなサービス、コンテンツを提供し、顧客との接点は豊富に創出できてはいたが、コミュニケーションのあり方は適切ではなかった。
それはサービスやコンテンツを抱える事業部門がそれぞれ独自にメールでのコミュニケーションを行っていたため、「新製品が出ました」「安いです、お買い得」「クーポンあります」といった、チラシのようなメールが乱発され、1人の会員が受け取るメールやメルマガは年間で730〜1,200通にも達していたということだ。顧客の行動文脈や心理を無視したものであったと言わざるを得ない。
そこで、顧客を中心に据えてメールの配信タイミングと文脈を整理した(下図を参照)。
配信方法としては、従来型の、GDOの都合でスケジュールを決めて送るスケジュール型を抑え、お客さまの行動文脈に応じたイベントドリブン型を中心としつつ、お客さまとの関係性に応じたステップ型の配信も加えた。そして、配信内容の点からは、「関係性向上」「フォローアップ」「刈り取り」「リマインド」「需要創造」の5つに分類した。(図1)
その上で、一つひとつの接点において、コミュニケーションをとりやすくするために、顧客理念、行動指針を体現した親近感が持てる顔を、実在の人物をモデルにして設定した。
より具体的には、主要顧客層である30〜50代の男性の引きが強いキャラクターにするために、人物特性を例えば「ナチュラル」「真面目」「前向き」等などと細かく上げた上で有名タレントなら誰、というイメージで具現化したあと、そのイメージと整合性のある自社の社員を抜擢(ばってき)してその任にあたらせ、販促目的以外のメールはその人から送るという形をとった。
このように発信者のキャラクターをハッキリさせた上で発動させているプログラムの一例として、お客さまとの関係性向上を目指したウェルカムプログラムを取り上げよう。
以前はお客さまが会員登録をされた翌日から販促メールが受信箱にどんどん投げ込まれるような状況だったが、関係性がしっかり構築されていない間にそれは効果的でない。
そこで、GDOのことを知っていただこうと、およそ1ヶ月の間に販促色の高くない20通強のメールを配信することにした。
内容や配信順序は、お客さまの登録のきっかけが、ゴルフ場予約なのかECなのか、あるいはゴルフメディアなのかによって変えている。最初のウェルカムメールは開封率が25%とかなりよく、3%のお客さまが送り手のペルソナ宛てに感想コメントをくださる。ウェルカムプログラムの終わりにアンケートをとる。そしてアンケートのコメントに応じたお礼文章を出し分けるとともにパーソナライズされたメッセージを挿入したメールを送信してプログラムは終了する。
その段階を経て販促色の強いメールを含むスケジュール型のメールを送ることができるようになっている。こちらも闇雲に送るのではなく、お客さまの必要とする情報を送る、という観点で配信する。スケジューリングは配信数が過剰にならないよう部門を横断して調整する。
ウェルカムメールによる関係性の構築以外に、これまでしっかりとできていなかったのがイベントドリブン型のメール配信である。これはお客さまの行動をトラッキングし、その状況に合わせてメール配信を自動化している。
よくある例で言えば、商品をカートに入れてそのままの状態になっている場合にアラートメールを翌日に出すといったことをさまざまなコンタクトポイントで行う。内容においても、例えばゴルフ場の予約をいただいたお客さまにお礼メールを差し上げる際、累積の予約の多い人と少ない人ではメールの語り口に距離感の違い持たせて文面を変えるといった工夫を行っている。また、予約の翌日にはそのゴルフ場がどんなゴルフ場なのかをご案内するが、初めての方もリピートの方にも配信した方が喜ばれるだろうという観点で内容を決めて実装している。
ある商品の期間限定セールのメールは販促色が強くはなるが、その対象商品が「カートに入っている」か「お気に入りになっている」か、あるいは「その商品を閲覧しているが未購入」である人などの条件で絞り込んで送る(一種のイベントドリブン)と、CVRはかなり高くなる。お客さまの喜ばれる情報を想定して送った結果の証とも言える。
組織とテクノロジーを見直す
理念を見直し、さまざまなシナリオに基づくプログラムによってメール配信を企画するにあたり、全社的なメールマーケティングの責任者を配置した。その責任者の下に、各事業部からマーケティング担当が集まるユニットが、シナリオ企画やライティングを行う。また、コンテンツ制作のためのユニットもこの責任者の配下に置く。ユーザーエクスペリエンスを起点とし、行動データなどに基づいたメールの配信は自動化の要求が極めて高いため、システム開発のユニットを置いてマーケティングオートメーションツールの設定や、データウェアハウスの開発を行っている。
また、組織の見直しと同時に、カスタマーエクスペリエンスの改善のためのコミュニケーションを実現できる共通のマーケティングプラットフォームを設計した。(図2)それぞれに相応しいツールを設定して運用している。
理念、コミュニケーション、そして組織とテクノロジーを見直した結果、運用状況としてはメルマガ会員70万人に対してシナリオ数約65本、メールのテンプレート約300数、月刊のシナリオは新規2~5本、既存の改修2~5本、などとなり、ABテストも適宜実施している。
その効果としては、過剰だったメールの配信数がゴルフ場予約で約50%と減った一方で、CVは月間平均で約145%と伸びるなど、確実に成果を上げている。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |