文:大下文輔

ビジネスを取り巻く環境は常に変化を伴うが、適応なしには生き残れない。2021年CMO  Japan Summit 2021報告の後半は、BtoB、それも創業100年余となる老舗の日本企業がグローバルで大規模なデジタル変革を進行中の珍しいケースである。

デジタル変革とはマーケティング変革であり、従業員のマインドセット変革を伴う企業変革そのものでもある。プレゼンターは2016年に外資系半導体メーカーから横河電機にマーケティング本部長として着任し、デジタル変革をリードする阿部剛士氏だ。

横河電機 常務執行役員 マーケティング本部長 阿部剛士氏
横河電機 常務執行役員 マーケティング本部長 阿部剛士氏

21世紀のマクロ環境変化とマーケティングの本質

現代の状況は、それを表す4つの単語の頭字語でVUCAと言われる。すなわち、Volatility(変わりやすく)、Uncertainty(不確実で)、Complexity(複雑で)、Ambiguity(あいまい)。このVUCAの世界状況のもと、DX(デジタル化の進行)と新型コロナの感染爆発が同時的に起こることで、今やPerfect Stormと言っても過言でないほどの事態に陥っている。こうした環境に世界全体がある中で、お互いに戦うというよりは皆が同じ船に乗り、状況に対処しているものと思える。

一方でビジネスの大まかな流れを整理すると、次のようになる。
1950年からの20年間はモノを出せば売れた時代であった。次の20年はカスタマーオリエンテーションの時代、それに続く20年はブランディングの時代でありIntangible Asset(無形資産)が脚光を浴びた。その後「モノからコトへ」の価値の時代へと移り、現在はCo-Creation(共創)とクラウドソーシングの時代にあると言われる。

それに呼応するようにマーケティングのあり方も変化してきた。
フィリップ・コトラーのMarketing X.0の流れを参照しつつそれを追ってみると、Marketing.1.0は製品中心、Marketing 2.0は消費者指向、Marketing 3.0は価値主導と変化した。
様相の変化があったのがMarketing4.0の自己実現で、それに続くMarketing5.0はヒューマニティのためのテクノロジーである。

このMarketing5.0の背後にある認識としては大括りで2つあり、第1にデジタル化により、人々はさまざまなマイナス面とプラス面に直面し、ジレンマに陥っていること。第2に、従来できなかったさまざまなことがテクノロジーの成熟によって可能になっていることが挙げられる。
Marketing5.0はつまるところ、テクノロジーと人間との関係の折り合いだということになる。
ダボス会議の2021年のテーマが「グレート・リセット」というものであったが、地球で起きているさまざまなジレンマの解消という意味を内包しているこのテーマに、コトラーの慧眼を見た思いがする。

さて、企業サイドからマーケティングを見たい。
2016年のデータだが、アメリカを代表する企業500社(S&P500にリストされている企業)と日本の時価総額トップ300企業の中で、CMOという役職が存在している会社はアメリカ企業の62%であるのに対し、日本の企業は0.3%(300社中1社のみ)であった。
マーケティング職がこれだけ存在感がない理由は、戦後の高度成長期はマーケティングなしにものが売れる時代であった。すなわちマーケティング不要のまま日本は世界第二位の経済大国になり、その影響が未だに続いているのではないかと見られている。これは、企業の成長にとって由々しき問題である。

企業はなぜ成長できなくなるかを考えたとき、前提として認識しておくべきことは、企業を取り巻く環境は必ず変わるということである。VUCAの時代で消えてゆく企業の共通点は、変化し続ける外部環境に適応できなくなることである。経営層が自社の組織を把握できなくなったとき、その企業は市場から淘汰されてしまう。アメリカでもそうした企業が相次いでいる。

変化に対する適応力が求められている状況下において、21世紀の市場競争とは「組織」対「組織」の競争であることを強調しておきたい。そのためになすべきことは、従業員一人一人の力をどうやって引き出すか、その力を増幅させられるか、ボトルネックを解消し強みを最大化できるか、そして変化する市場に対応すべくどう改革を為してゆくか、にある。
マーケティングとは何かを考えるとき、注意しておきたいのはマーケティングには狭義のマーケティングと広義のマーケティングがあるということだ。

狭義のマーケティングはいわゆる販促プロモーション回りの仕事を専らにするもの。
こちらは通例事業部内に置かれて、営業サポートの活動を行う。その場合、商品開発がマーケティング戦略の外で企画され、技術視点で実行されることになる。すると「作り手(売り手)のためのマーケター」として機能し、しかもマーケティング活動が下流に限定される。

翻って広義のマーケティングは、企業の社会への存在理由を問うことで市場価値を創造しうる立場に置かれる。そして、「知覚」「判断」「行動」が一連のシステムとして機能することも欠かせない。また、横河電機の場合、マーケティング本部として独立して存在するが、それ以上に企業全体がマーケティングマインドを持っていることが重要だと考えている。これをMarketing Everything/Marketing Everywhere(ME)と呼んでいる。そして、マーケティングを一言で表現せよと問われれば、マーケティングとはストラテジー(戦略)であるというのが私の答えだ。

また、広義のマーケティングを行うマーケティング部門は、決してコストセンターではなく、インベストメントセンターだということに留意すべきだ。

横河電機のマーケティング組織の役割と責任

外部環境の変化に適応してゆくためにはスピードが大事である。意思決定を素早く行い、実行していくために、横河電機のマーケティング本部は図1のように機能を拡大した。赤字が拡張された機能である。

図1. マーケティング本部の機能拡大
図1. マーケティング本部の機能拡大
(※画像クリックで拡大)

これだけの機能を部門横断的に集約しているところは世界的にも少ないと自負している。
これらの機能を束ねるCMOは、ブランド広告やコミュニケーションの枠を超えてビジネスの成功につながる顧客体験の実現計画の推進にまで役割を拡大し、今やCCO、すなわちCMO Collaboratorという役職名とすることもある。海外例ではあるが、CMOには事業部門間をつなぐ役割があるとの認識を持っている企業の割合は90%というデータもある。まさに、Marketing Everywhere/Marketing Everythingである。

BtoBマーケティングの変容とDX

BtoBの世界、特に海外ではBtoB企業の購買活動の変化が著しい。アメリカでのプラントを持つような大規模なBtoB企業を対象にしたアンケートによれば、75%の顧客は自ら情報収集を行い、68%がデジタル上での情報収集を好み、そして購買意思決定では価格よりも顧客体験が重要であると64%の顧客が答えている。
そのことから、これからのBtoBにおいては、顧客を正しく理解した上で、自部署だけはなく、会社全体として「問題ない水準」ではなく「期待を上回る水準を目指す」ことが求められてくる。マーケティングはCSではなくCXを重視する必要に迫られる。

実際問題として、ある調査によれば、80%の企業のCEOが顧客に対し最高のエクスペリエンスを提供していると回答したのに対し、顧客が、最高な体験をしたと答えた割合はその10分の1の8%に過ぎなかったという。それだけのエクスペリエンス・ギャップが発生しているという事実から、顧客体験向上の難しさがわかる。
かつて目標としていたCSの向上と、これから目標とすべきCXの向上の差異は、対象が部門間最適から全社的に変わることなど、隔たりが大きい。
顧客がさまざまな形で自ら情報収集を行うようになった結果、65%が外部に問い合わせる前に自社の購買プロセスが完了しているという。一方で営業担当者が現在の経済情勢による影響として指摘していることは、顧客との長期的な関係の重要性が増大しているということだ(86%)。

それと軌を一にして、企業は商品を販売して終わる売り切りモデルのプロダクト提案ではなく、販売後にユーザーがそれを利用し、ジョブの達成につながるような「つながりの提案」へと価値提案をシフトさせていくことが求められている。これば顧客生涯価値(LTV)の追求ということに他ならない。

このLTVは、アップセルによる単価(ASP: Average Sales Price)の向上やクロスセルによる購買頻度の向上が求められるが、そのためには最適なお客様(Right Target)に最適なタイミング(Right Timing)で最適な提案(Right Offer)を行えるようにする必要があり、それにはITの力が不可欠である。それがBtoB企業におけるDXだ。

ここで、デジタルセールスとマーケティングの進化について見ておきたい。
BtoBの営業活動を見ると、これまでは、有望顧客化できそうな見込客をマーケティングサイドが見極めてフィールドセールスにバトンタッチして受注につなげるという流れがあった。ところが、これからの営業はインサイドセールスとして見込客の発掘から受注につなげてゆくまで一気通貫で行うことが求められてくる。すなわち、インサイドセールスは、プロセス内全てを把握し顧客の変化に対応することによって売上を最大化するという大きな役割を担うことになり、インテリジェントな業務遂行は必須だ。そうなると事業本部、マーケティング本部と同様の本部をインサイドセールスに充てることを検討すべきかも知れない。

YOKOGAWAの取り組み

ウェブサイト周りでグローバル企業としてのYOKOGAWAにおける取り組みの一端を紹介する。自分が着任した翌年の2017年から2021年の初めにかけてウェブサイトでの問い合わせ件数は2倍に伸びた。うち約6割が商談につながっている。地域で言えばアメリカから改革を進めていった。続いてヨーロッパ、アジア、そしてインドと南米を今進めていて、日本は最後に行う予定である。投資効果は思いのほか早く現れた。

行ったことは3点。
第1に複雑なプロセスを簡素化したこと。
第2はカタログ・製品及びサービス、価格、納期などをパーソナライズ化したこと。
そして第3に、顧客との継続した関係性の構築、特に見込客のファン化である。
今回は第1の複雑なプロセスの簡素化について説明する。

最初にぶつかった問題は、使われているITツールの数が多く不統一であったこと。そこをEA(Enterprise Architecture)によって整理整頓した。

続いてはウェブサイトの非効率。いわば化石化していて、デザインが古臭く、更新が少なく、デッドリンクも少なからずあり、コンテンツが商品の説明に終始していて魅力に乏しい。さらには国によってバラバラで統一感がない。

とりあえずはリーンスタートする形で、従来のウェブサイトをシンプルにすることを目指した。手をつけたのはブランド数を絞り込んで統一感を出すこと。それまでは、各地域の担当技術者が自分の作り出した製品に自由に名前をつけてよいことになっていた。そのためにブランド数は1000を優に超えており、競合より遙かに多い状況であった。見た目もバラバラな状況だった。

そこで、ブランドアイデンティティを整理し体系化を進めた。もとになるOpreXという親ブランドのもとにプロダクト/サービスブランドを階層化して整理し、半数以下に削減しつつ見た目の統一も図った。これはウェブでのストーリーを作る上で非常に効果の高いものであった。この作業をワールドワイドに1年ほどの短い期間でやり遂げた。

同時にコーポレート・ブランド・スローガンを制定し、YOKOGAWAブランドのイントラサイトを開設し、IA(Intelligent Automation)ビジネスのコンセプトを制定した。
さらにはコミュニケーションガイドラインを発行し、ウェブサイトのリニューアルを行い、IAビジネスブランドを策定した。そして再びブランドの混乱が起きないようネーミングルールの策定に着手するなどの手を打った。
これらの改革を、「Employee First」で社内に浸透させていった。結果としてコーポレートスローガンの認知も高く、スローガンやビジョンステートメントを意識した仕事の仕方が進んでいる。

上記を含めたDCC(Digital Content Creation)プロジェクト最大のチャレンジは、既存事業におけるマインドセットの変革を社内横断的に行うことである。それはDCCに限らずデジタル変革の要諦であり、トップのコミットメントを必要とする全社組織体制の変革であり業務オペレーションの改革なのだ。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。