文:大下文輔

新型コロナウイルスの感染がようやく落ち着きを見せる中、本年度2回目となるCMO Japan Summit 2021が開催された。今回のレポートは、北関東でスーパーマーケットを展開するベイシアのDXへの取り組みについて取りあげる。登壇者は、株式会社ベイシア マーケティング統括本部 デジタル開発本部 本部長 亀山博史氏である。以下に氏の講演内容を要約する。

株式会社ベイシア マーケティング統括本部 デジタル開発本部 本部長 亀山博史氏
株式会社ベイシア マーケティング統括本部 デジタル開発本部 本部長 亀山博史氏

小売業の課題

ベイシアグループは、2020年に1兆円を達成した、北関東を中心とする大手小売企業である。グループ企業には、ホームセンターのカインズや、作業服のワークマンといった企業を擁する。
ベイシアはウォルマートのような業態を日本で最初に作り、北関東を本拠に食を中心としたショッピングセンター事業を展開している。本社は前橋市。店舗はアメリカのウォルマートのように大きいため、首都圏においては店を構えることができず、田んぼの真ん中のような場所に出店するという特徴がある。

ところで、小売業の課題について触れておくと、供給過剰の状況にあって、競争が極めて激しいことが挙げられる。そして、ここ数年、日本は人口減少が始まっている。そうした中、さらにリアル店舗は、いわゆるアマゾン・エフェクトと戦っていく必要に迫られている。
ライフスタイルの変化について言うと、女性の社会進出は当然のことだが、スーパーは女性の行動時間に大きく影響される。
また、とりわけ大きい影響を持つのがスマホだと思われる。新型コロナウイルスの影響も含め、今は変化変革が非常に重要であるが、デジタルの力で「寄り添いのビジネス」に換えてゆくチャンスだと前向きに捉えている。

デジタルを経営改革に活かす

2020年の10月に着任して、私はまずデジタルマーケティング統括本部、そして内製化の組織としてデジタル開発本部を立ち上げ、もともと予定されていたアプリを作り、デジタルポイントプログラムを始めた。
多くの企業は板カードによる会員化を進めており、そこからアプリに移行するのは大変だとされているが、ベイシアは後発の強みで、8割がデジタル、2割が板カードという比率で、他の競合スーパーよりも会員数で上回っている。

前職のスターバックスCIOであった時代にCMOの方が言っていた言葉に「マーケティングはお化粧である」というものがある。
我々は、デジタルによってどうお化粧しようかと考えた時に、そもそも健康でなく、長生きできない人、言い換えれば健全でない状態の企業に対して一生懸命お化粧することはお客さまの側から見れば詐欺のようなものだ。
そこでオーナーと話し、経営改革につながるいくつかの柱を設けた。どう出店するのか、どう商品強化するのか、どのようにデジタルシフトするのか、どうやって人材を育成するのかなど、中期計画のリーダーとしての関わりを持つようにした。デジタル/マーケティングのリーダーは経営の根幹に入り込むことを期待されているし、またやらなければならいと考えている。

CDOの仕事

4月には、ネットスーパーとして楽天と組むことにした。楽天は西友と最初にネットスーパーの取り組みを行っており、そこで得たノウハウをパッケージ化して外販するようになったが、ベイシアが導入第一号となった。ベイシアから見れば、後発企業であるがゆえに、最高のUXという利便性を手に入れることができたのだ。また顧客をどう分析するのか、NPSをとって課題をどう解決するのかなどである。
他にも、200万部も配る折り込みチラシの効果を測るのに、100円のクーポンを添えてどの程度の戻りがあるかなどを調べたら、驚くような結果が得られた。それは、利用されていないという意味で。チラシのようなアナログとデジタル訴求のグラデーションをどう作るのかをデータを解析しつつ最適化してゆく、などの取り組みを行っている。

スピード感を持ってさまざまな施策がなぜできたのかについて説明してみよう。まず、社長、オーナーなどのトップから経営のコミットメントを強く発信してもらうことが重要だ。
そして、CDOとして外部から転じてきたこと。どうしてもプロパーだと大胆な計画や実行をしにくく、またストーリーとしての戦略作りについても同様だ。
さらに、最重要なのは良い文化。企業を従業員の成長の場にしてあげられるか、ということである。
また、大胆にエンジニアのジョブ型採用を行ったこともスピードアップにつながっている。必要なスキルセットを持った東京の人材をフルリモートで一気に雇用した。

次にCDOの役割について。CDOと言えばテクノロジーの仕事というように誤解されがちだが、その本質は組織の組み替えにある。新しい組織をどうデザインするか、組織の文化をどう創るのか、リーダーがどうメンバーを活かす行動が取れるのか、戦略をどうするのかといったことが仕事になる。
テクノロジーに関しては、それらを使って組織を変化させていくことが重要であり、知識そのものは他に詳しい人がいるだろう。だから、CMOの人はあまり迷うことなくCDOになれば良いと思う。

ストーリーで語る戦略

一橋大学の楠木教授が唱道する「ストーリーで語る戦略」をベイシアでは採用しており、何をすべきか、しているかを「ぐるぐる図」と呼ばれるものの中に書いている。戦略は引き算が重要で、そうでないことをやらない、ということでもある。声の大きい人の言うことに左右されるべきではない。

小売業としてのベイシアは、アプリを立ち上げた。その後オウンドメディアであり、商品に関すること、料理の保存や作り方に関することなどの読み物系のコンテンツで楽しみを作ることにしている。
またデータの貯まってきたロイヤリティプログラムをベネフィットとして、顧客を分析し、アプリ内で提案を行いお店に来ていただくことを進めている。そして、グループ共通でのペイメントの仕組みを作っている。

他に、地方の買い物客はメモを持ってお店に来ることが多い。そこに着目してアプリでメモができるようにしたり、冷蔵庫の中を写真に撮って参照できたりするようにする事を考えている。お店でその写真を見ると何が不足しているのかに気づけたりする。
そしてそうしたメモや写真が、我々にとってかけがえのないデータにもなる。どのような「ついで買い」をしているのかなどを知ることができるのだ。アプリの買い物メモや写真というお客さまの便益を我々がインサイトを得て活用することで、売り場作りの未来が大きく変わるとも言える。

便利なアプリをきちんと作り、会員を増やしていくことで、OMOの世界に入っていける。例えば土用の丑の日や恵方巻きのようなものは、従来お客さまが紙に書いてお店に持ってきて予約を取っていたが、これは、お客さま、従業員双方に負荷がかかる仕事になっていた。そこをアプリによってデジタルで予約が取れるようになると、お客さまも従業員もより負担が軽くなる。小さなことだが、こうしたことの積み重ねがOMOでやりたいことの1つだ。

ライフスタイルに迫るデータの取得と活用

従業員満足が高まり、売上が伸びるに従い、データが貯まって活用できるようになる。
イギリスのTESCOという小売企業は一つひとつの商品にDNA(健康的、節約商品などといった20の要素の組み合わせ)を設定している。そして、お客さまがどの商品を買ったかの記録を商品DNAに紐付ければ、お客さまのライフスタイルがわかる。そうすると、例えばそのお客さまが一度も買ったことがない商品・カテゴリーを、適切に提示することができるようになる(ライフスタイルからの提案は商品の機能による類似性をベースにした、Amazonなどが使っている協調フィルタリングではなしえない)。
さらに、ID-POSをベースにした棚割り、商品企画、戦略などに活かすことができる。ベイシアではTESCOにならって、お客さまのインサイトを加味したデータを提供できるチームを育成しているところだ。

食品は健康や日々の楽しみに関わるもの。最も身近な商品だ。1つの店にこだわらない浮気率が高い。それは仕方ないとしても、ベイシアで買い物するのが楽しいと思っていただきたい。
例えば、食品の中でも廃棄が多い水揚げされた魚についての施策について話そう。
紙のチラシの時代は、2週間前に目玉として売る魚が決まってしまっていた。だが、アプリだともっと柔軟に扱える。港に豊漁で余った魚があると、バイヤーは今まで売り切る自信がなく買い付ける事ができなかったが、それを大量に安価で仕入れ、アプリで販促をかける。アプリであれば、紙のチラシと違い、即日お客さまへ紹介、販促する事ができる。また、その際、その魚がどんな漁師が獲った魚かを記し、あるいはレストランシェフによるその魚を使った料理のレシピをつけることを今後行いたい。
そのことによって、モノ売りからコト売りに変わるのだ。そして、魚の廃棄を減らすとことは、SDGsの活動そのものだとも言える。

会社が成果を上げる上で、カルチャーの影響は極めて大きい。そこで、例えばみんなで考えたベイシアデジタルのバリューを机の脇に貼って、それにもとづいて仕事をしていこうといったことを奨励している。
また、組織運営の工夫としては、ウェルビーイングの観点から会議や仕事の終わりを不快な形で終わらせないようにしている。一日の最後をToDoで締めくくると至らないところばかりを気にしがちになるので、今日はどんなことを感じたか(ToFeel)で締めくくるようにしている。また、リーダーとして組織に迎え入れた人に対しては、信頼から始める事により、メンバーもリーダーを信頼する。お互いを信頼し、心的安全性の中で、チャレンジするからみんなが生き生きする。そんな組織を作り始めている。

記事執筆者プロフィール

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita)

大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。
2011年よりフリーランスとなり、マーケティングリサーチやコンサルテーションを行っている。2015年12月よりMarketingBase運営の株式会社スペースシップ アドバイザーに就任。