文:大下文輔
CMO Japan Summitは、大企業からスタートアップまでの幅広い企業のマーケティングのキーマンが参加し、その時々のマーケティングの主要なトピックについての講演やディスカッションが行われる。参加者が抱える課題に沿って意見交換や情報収集ができる貴重な機会だ。2022年に行われたセッションから2つを取り上げる。最初はJX通信社の松本健太郎氏による『データのプロから学ぶ:データドリブンな消費者理解、限界とワナ』を紹介したい。
データのウソと限界とワナ
マーケティングに携わっている人にとって「企業は消費者理解が必要だ」ということは常識といえるだろうが、どこまでそれが浸透しているだろうか。基本に立ち返れば「消費者が欲しい物・サービスを買う」ことによって売上は生まれるのであって、「企業が作った物・サービスが売れた」わけではない。「TikTok売れ」といったメーカー目線の言葉は、まだまだ消費者の理解が道半ばで終わってしまうことを感じさせる。
理解の手段は、デジタル化が進むことによってさまざまな手法が誕生している。けれども「消費者理解」の目的となる売上向上に向けては、大半の企業が「何かできそう、だけども何もできない」と苦しんでいるのではないだろうか。すなわち、データは消費者理解の助けになっているのか、本当に使いものになるのだろうかと疑問を抱いてはいないだろうか?そしてその根底には「データさえ大量に集めれば何とかなる」という信念があるように思えるが、それは実はウソだ。
1つの例を挙げてみる。イチゴを半分に切ったものが2つ、切らないまるごとのものが2つあったとしよう。「これの個数はいくつ」と問われたときには、人によって3個という人もいれば4個と言う人もいる。つまり、データは定義が違えば認識が異なるのだ。データ分析とは、数学的な要素のみならず、国語的な要素も含む「論理的思考」が試される手法であるため、データを集めただけではどうにもならない。
データは、目的(仮説)がなければ役に立たない。何を明らかにしたいのかという目的(仮説)があるから、そこに規則性や傾向が見いだされる。セブン-イレブンの鈴木敏文氏は「仮説が先、データは後」と評されたが、その通りだと思う。消費者に対する仮説を作れているか、がまずは問われるべきなのである。
データドリブンな消費者理解とは何か
そもそも「データ」とは何か。データは数字だと思っている人が多いと思うが、それは違う。ISOの定義によれば、データとは情報の表現であって、伝達、解釈、または処理に適するように形式化され、再度情報として解釈できるものである。YOASOBIの歌やピカソの絵画も情報の表現方法である。数字はあくまでデータの1つの形態に過ぎない。
では「情報」とは何かというと事実、事象、事物、過程、着想などの対象物に関して知り得たことであって、概念を含み、一定の文脈中で特定の意味をもつもののことである。
例えば「400億」という数字、あるいはワードがあっても、それだけでは意味をなさないが、「400億の男」となれば、鬼滅の刃を知っている人には特定の意味が生じる。
それを踏まえた上で「データドリブン」な消費者理解とは何かを考えてみたい。多くの教科書には「データを起点に、データに基づいて意思決定を下す」というように書かれている。けれども、それはうわべの話に過ぎないと思う。
私見ではあるが、因果関係で消費者を観察し、理解する。その手段全てが「データドリブン」な消費者理解に通ずると考えている。
例えば自分はオフィスで仕事をしているときに、休憩がてら目的もないまま、同じビル内のコンビニにふらっとでかけて、何か買ってしまう。POSデータからすると、松本はヘビーユーザー、あるいはロイヤルカスタマーだということになる。けれども、何か欲しいものがあるからコンビニに行くわけではない。あくまで息抜きやリフレッシュが目的だ。だから、息抜きをするということなら、書店やカフェであってもよい。つまり、行動ロイヤリティは心理のロイヤリティと一致しない。
データを見る際に重要なことは「買われたこと(結果)」だけではなく「買われた背景」あるいは「買われた源泉」すなわち「選ばれる理由(原因)」に着目することである。例えばとある「熱海の温泉旅館」が選ばれるには、温泉につかりたいというよりはその背後にある「癒されたい」という心理に着目することだ。「買われた理由」を知ることは「選ばれる確率」を高めることにつながる。選ばれる確率が高まるということは、消費者からの支持をより強く得られると言うことであり、購入頻度や、LTVの向上にもつながる。
この話はクリステンセンの「ジョブ理論」と関連している。そこでは、私たちが商品を買うことは基本的に、なんらかのジョブを片付けるために、何かを「雇用する」ということであると書かれている。自分なりの解釈でいうと、これは購買行動の因果の話をしているということだ。言い換えれば、消費者は物やサービスを買っているのだけれど、それ自体を買っているわけではない、ということだ。
まとめると、データドリブンとは、消費者を因果関係で観察し、原因を推論・仮説立てる活動であり、そのためには数字だけではないデータが必要になってくる。また仮説は検証・考察を通じて売上に置き換わる。
データドリブンな消費者理解のコツは?
ある消費者のプロフィールがあったとする。(実は自分のこと)
ー大阪府出身
―港区在住
―大学院卒
―30代未婚、同棲中
―犬を飼っている
―お酒は週1回買う
―行動範囲は23区内
―小田原に行く
―ホテルレストランに行く
こうした事実の列挙から、不動産投資に興味があるはずだから広告出稿しておこうと言うことになる。これは、解像度の低いプロフィールと言える。たとえばそこに愛妻家というフィルターを通して、行動の因果を掴むことで、「なぜ?」を言語化しやすくできる。
例えば、アフタヌーンティ好きの妻と一緒にホテルに出かける。妻がほろ酔い大好きなので休日は一緒に飲む。妻と一緒に温泉に行ってほっこりすることが好きだが、飼っている犬のことが心配ですぐに帰る、等々。データドリブンな消費者理解のコツは、因果関係を掴んで解像度を上げることである。
逆に、解像度が低ければ、購買の「なぜ?」にたどり着けない。因果関係の連鎖を見ることは、さまざまな課題の解決に役立つ。因果関係を意識して観察をすることで、「見えていなかったこと」「言葉にできなかったこと」がわかるようになる。
記事執筆者プロフィール
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株式会社ニューストリーム アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |