文:大下文輔
2022年のCMO Japan Summit レポートの第2弾は、ベビースターラーメンで知られるおやつカンパニーにおける、伝統と革新にまつわる話である。
2017年の着任時に感じたことと課題
2017年におやつカンパニーのマーケティング責任者に着任したときに感じたことを話すと、まず高い味の再現性を伴った商品開発のスピードに驚いた。1~3ヶ月で終売となるコラボ商品など年間200もの商品開発が行われている。これは、低価格の菓子は購買リスクが低いため、面白いもの、変わったものに手を出しやすいことを背景として成立した強みで、短期的な戦術のケイパビリティである。この強みは、「“メリット”を提供価値とした“商品”を産むこと」と表現できる。他方、一つの商品をじっくり育てる、すなわち「“ベネフィット”を提供価値とした“ブランド”を“育てる”こと」には長けていない。
そのような中、会社の土台となるベビースターラーメンの売上は、人口減少に伴い低減しているとともに、他の伸張しているブランドにおいても市場の成熟期もあり、値引率は上昇傾向にある。
それらを踏まえ、3つの課題を設定した。
1.これまでの成長を支えてきた、かつ今後の経営を安定させるベビースターラーメン本体の復活、またそれを通じたブランドの大切さの理解浸透(既存ブランドの強化)
2.市場環境を見据えた、次世代を支える新しいニーズに対応した新ブランドの創出
3.上記を通じたマーケティング組織作り
(マーケティング思考(志向)の理解、浸透、仕組化による戦略性、成功事案の再現性の強化)
既存ブランドの強化
おやつカンパニーの主力商品であるベビースターのユーザー分布を見ると、菓子カテゴリーユーザー平均に較べて30~40代の女性が多い。そのせいか、人気レシピサイトでのベビースターラーメンを使った投稿数が、他の高シェアブランドと較べても多い。
そこで、スナック菓子としてだけではない、“料理にも使える”スナック菓子というポジショニングを採用した。
この戦略は、ベビースターというモノを変えるのではなく、パーセプションを変えるということである。スナック菓子は、一般に「小腹を満たしたいとかちょっとした気分転換をしたいときに食べるもの」という中で選択するものだが、その手前に分岐点を作り、「これ、サラダにパラパラっとかけたら、野菜もとれるしいいかも」と瞬間的に気づくことによる商品選択を促そうとするものだ。
そこで実施した打ち手を一言で言うと、「マス・デジタル・中食・外食」を横ぐしにしたOMO(Online Merges Offline)による、顧客認識と体験を実施したことである。
主に2方向で、1つは2018年から実施した、ベビースターの”食べ方提案“を強化するもの。これは、料理訴求をするテレビコマーシャルを放映すると同時にSNSで人気上昇中のタレントを起用した拡散や話題形成をしたり、本を作って書店に並べたりした。
もう1つは有名外食チェーンやコンビニのコラボに注力することだった。ベビースターラーメンは、原材料価格としては安く、ふりかけるだけというオペレーションの容易さでスタッフの負担にならず、そして誰でも知っている商品であることから、コラボしやすさが担当者に直感的に理解され、幸いにも商談に応じてもらいやすい。
結果として価格を下げることなく回転上昇し、需要量は5年前の水準以上に回復した。
次世代へ向けた新ブランド創造
こうして、既存製品が安定的に推移する時期にこそ、次期の成長ドライバーになる新ブランドを仕込む必要がある。
その際の基礎認識として、まず「スナック菓子やケーキを食べること」についてはおよそ40%が何らかの罪悪感を持っていることが自社の調査でわかった。もう一つ、マクロ環境変化として、食事とおやつの境界が曖昧になっていることが挙げられる。
このボーダレス化をマーケティングの立場でどう捉えるかを考えるとき、従来の考え方としては“食事代わりのスナック菓子”となるが、それは食事をカロリーに置き換えたものであり味覚と空腹を満たすものという捉え方が根底となった、機能よりは情緒に主軸を置いた定義である。
我々はそれを、情緒でなく機能を中心としたスナック菓子として定義しなおすことにした。すなわち「食事のような“栄養素”を有したスナック菓子」、あるいは「スナック菓子の姿をした食事」として捉え、それに見合った製品を開発することにした。
新商品は、“健康的”なスナック菓子ではなく、“健康”といえる数値スペックまで振り切ることにした。そのことで、将来に対応した唯一無二の新しいポジショニングを持った、永続的なブランドを作ることができる。ただし、先行者利益を取りながら「小さく生んで、大きく育てる」必要がある。
コアバリューを形成する栄養素として着目したのはタンパク質(プロテイン)であった。他の栄養素と較べて市場の規模は大きく、成長性は圧倒的である。プロテインがそれだけ伸びていることの背景としては、筋トレがファッション化し、男女ともに筋肉強化に積極的になっているということが挙げられる。また知り合いのマーケターが、プロテインはオリンピックごとにグンと成長することを教えてくれた。2020年の東京オリンピックを控えていた当時として、新商品の投入には絶好のタイミングであったと言える。
開発した新ブランド、BODYSTARプロテインスナックは、次のようなコンセプトを持つ。
スナック菓子なのに、すぐれたPFCスコア(タンパク質・資質・糖質のバランス)。
スナック菓子の姿をしたプロテイン。
市場投入した結果、例えばAmazonでのランキングなどを見れば、それなりの健闘を見せている。
マーケティング思考(志向)の浸透、仕組化による戦略性の強化
前にも述べたようにスナック菓子は、目新しさによって買われることがあるため、新商品を次々に出してしまいがちだが、それにより既存ナショナルブランドのブランド力が希薄化されるとともに、新製品の構成比が高まると数字が読みにくい状況が生まれる。
製造業は特定の設備投資を行って複数年での回収を行うビジネスであるために、同じものが永く売れ続けることが利益創出に繋がる。従って、同じものが売れる確率を上げる法則を形式知化し、誰が担当しても再現性が高くなる仕組化を行う必要がある。その事例を話したい。
一般に2割のロイヤルカスタマーが8割の利益を創出する(パレートの法則)と言われており、CRMによるマーケティングを実施し、LTVを高めることがセオリーとなっている。けれども、アサエルの購買類型では、スナック菓子はバラエティシーキング型に属するとされる。つまり、目新しいだけで手が出てしまうロイヤリティの低いカテゴリーであり、ヘビーユーザーに狙いを絞ることは合理的でないという仮説が生まれる。
また、バイロン・シャープ著『ブランディングの科学』で紹介されているダブルジョパディの法則がある。市場浸透率(購買人数)が低いブランドは購買頻度(購買個数)も低くなるというものである。これは、市場浸透率を高めてシェアを高めることが収益に繋がることを意味する。ノン・ライトユーザーに資源を投入し、CRMよりも新規顧客獲得に注力すべきであるという考え方だ。
実際に調査を行ってみると、スナック菓子のヘビーユーザーほどいろいろな商品を買っている(バラエティシーキング)ということがわかった。ダブルジョパディの法則が働く中で商品の選択をしてもらう必要があるわけだ。そのためにはメンタルアベイラビリティ(エボークドセット/想起集合、マインドシェア)とフィジカルアベイラビリティ(購買可能な配荷や購買機会の高さ)が大切になるとシャープは指摘している。これは頭に思い浮かぶブランドであること、なおかつ売場で目立つことが要件となる。ただ売場で目立つことは、シェアの低さから難しい。
もう一つ調査で確認したことは、想起集合と実際の購買シェアもほぼ一致することである。
つまりエボークドセットに収まれば、シェアも稼げることが想定される。
そこで、ベビースターラーメンのノン・ライトユーザーに届くような実行施策を立て、実行した。進め方としては、ブランド名が少しでも世間で話題にされるよう、手段をミックスして実行することと、その到達(入口)から実際の購買までをデジタルの領域を主としてトラッキングしたことである。
具体的には、話題になること、すなわちブランドノイズを上げるべく、顧客のブランド認識に沿った駄菓子による幼少期の思い出を喚起するようなTVCMを作るとともに、Webにも広告投下した。話題性を高めるために、他社とのコラボによりベビースターアイス、カップ麺を販売して話題作りをし、限定的な広告投下量によるブランドアテンションを補完した。これらのことは、話題喚起によるメンタルアベイラビリティの向上によって、購買の増加(回転向上)を狙ったものである。
そのトラッキングは次の項目で行った。
1.リーチ
2.認知の量(全体・ターゲットの認知率)
3.認知の質(レピュテーション)
4.サーチエンジンでのブランドサーチ数
5.SNSでのエンゲージメント
6.購入意向(ブランド純粋想起)率
7.実績(店頭回転)
8.ROAS
話題作り・認知に貢献したのは「アイス」であった。またブランドサーチ数やエンゲージメントを指標とすると、興味関心の度合いは上がったと言える。さらに、購入意向(ブランド純粋想起)率が上がり、商品回転の上昇に繋がった。
そして、当初の仮説を検証するために、ノン・ライトユーザーの増減を調べたところ、この層の人数増加が最大となった結果、ダブルジョバディの法則が適合していることが確認された。
この、一連の仮説、実行、検証は、再現性のある法則への抽象化と仕組化の一例である。
マーケティング本部では、ルール&ガイドブックを作り、毎年半期ごとに更新をしつつ、基本的な考え方やプロセスを規定して標準化している。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |