文:大下文輔
10月に開催された2022年のCMO Japan Summit から、丸亀製麺を初め、約20のブランドを擁する株式会社トリドールホールディングスのグローバル展開を含めた事例をレポートする。演題は『日本を元気に!マーケターが導くよりよい社会』とスケールが大きい。
マーケティングにかける思い
今日ここで話をすることの意義、出発点となるものは、マーケティングの可能性を信じている、ということにある。マーケティングのスキルを上手に使うことで、あらゆる物事がうまくいく確率を高めることができる。
また、海外の人と話していると、日本食だけでなく、観光やものづくり、マンガなど、日本が世界に誇れる強みや「らしさ」が沢山あることに気づく。
これらを魅力的に、自社のみならずALL JAPANで発信していけたらと思う。それはCMOやマーケターの役割であると信じている。
もう一点は、競合だけを意識して顧客を奪い合う時代はもう終わっているという認識だ。時代や市場、顧客の変化を捉えて、自社のミッションやビジョンの実現を追求し、顧客価値を高め、顧客を創造することが持続的成長にとって重要だと考える。
さらには、狭義のマーケティングの時代はすでに終わっているということ。マーケティングに求められるものは、無論ビジネスへの貢献であるが、誰よりも学び、今までより早く、深く、顧客や市場構造をつかんで、経営視点と生活社視点の両面から、戦略を作り、実行できる組織を作り、マーケティングを機能させることでようやく勝ち続けることが可能となる。
マーケティングにはもともと必要とされていたさまざまな要素、例えば顧客理解やOMOや顧客体験価値(CX)やブランド力の維持向上や、出店/配荷、商品企画がある。
今はそれだけでなく、地域創生や採用や人事まわり(従業員満足や離職防止策)、あるいはIRの領域など、幅広い領域に役割が拡大している。そして、社内の価値創造のみならず、社外でもファンや地域社会とともに新しい価値を創造し、無駄な競争を排しつつ、共に思い、共に創ることが求められている。
トリドールの戦略
以上のような認識の下に活動をしているトリドールの戦略とそれに基づく事例を紹介する。
トリドールの戦略を形作る上で欠かせないキーワードが2つある。それは「感動体験」と「二律両立」である。海外展開する際にも、これらはKANDO、Trade On(トレードオン)という2つの言葉で表現される。
感動体験(KANDO)についていうと、「顧客を創造する源泉価値」は感動体験にあると意識している。すべての始まりは、モノではなく、感動体験を創ることにある。それによって顧客が創られる。顧客は集めるものではない。
二律両立(トレードオン)は、2つの要素がトレードオフの関係にあるとされている場合にもそれを疑い、常識を乗り越えることで新たな価値が生まれる。
トリドールの掲げる「KANDOトレードオン戦略」とは、「食の感動体験」をグローバルに拡げる時に起こる「二律背反」しがちな要素を「二律両立」させることで、予測不能なレベルの進化を遂げようとするものである。
上掲の図に従って説明すると、提供する食は「手間暇かけて、こだわって展開すること(Craft)」が望ましいが、同時にそれを「スピーディーに効率的に展開する(System)」という通常では二律背反になるべきことを二律両立(トレードオン)させていくのにどうしたらいいかを考える。
こうした提供側の軸があり、もう一つは「そこでしかできない体験(Only)」と「世界中どこでもできる体験(Anywhere)」を二律両立させるという利用者側の軸がある。
それを「私たち」が主体となって戦略を作り・実行していく。その際、いろいろな国や地域で店舗展開をしていく際に、その地域に即して特別な知識とノウハウを持ち、感動体験に共感してくれる仲間の存在が極めて重要になる。
そのような存在を「ローカルバディ」と呼び、想いを共にする世界中の「ローカルバディ」をできるだけ早く多くの地域で集めたいと考えている。
感動体験の事例
飲食業の経験が豊富で現地の特徴をしっかりと理解している有力ローカルバディと組んだことが成功している海外事例として、Marugame Udonは英国に現在7店舗(※講演時点の店舗数)展開しているが、いずれもうまくいっている。
立地戦略として旗艦店を一等地であるロンドンのターミナル駅近くに、2号店を商業施設の立地に、そして3号店をオフィスに、4号店を繁華街に展開した。
店舗設計は協議を重ねて丸亀製麺ブランドの世界観を担保したまま、現地の視点を取り入れた和テイストのデザインにしたり、デジタルサイネージやガイドを活用した案内にした。
そしてマーケティングでは、ロンドン現地に合わせた商品のローカライズとともにファンコミュニティを形成し、現地に刺さる話題を最大化させるような活動を行った結果、2021年には“2022年には英国でうどんブームが到来する”と予想されるまでになった。日本のソウルフードとも言うべきうどんの食感やおいしさがこのように受け容れられていることは本当に嬉しい。
食は「五感のマーケティングだ」と言われるが。五感(感覚)に、丸亀製麺ブランドの世界観や「らしさ」が加わり、感情(こころ)の領域が加わって脳(記憶の領域)に刻まれる。こうしたプロセスが顧客を創造する「感動体験」の構造だ。
日本での事例としては、「うどんで日本を元気にプロジェクト」を発足させ、例えば「日本一の食いっぷり」を見せてくれた人にCM出演をオファーするなどの数々の活動を行っている。
あるいは株式会社TOKIOと組んだ、こどもを対象にした食育プロジェクトや、共創商品の開発、TOKIOと一緒に創ったキッチンカーを日本全国に走らせるなどの取り組を今も継続して行っている。
さらには、共創型地方創生として、2022年4月に香川県丸亀市とともに、同市内の活性化を目的とした、地域活性化包括連携協定を締結した。
丸亀製麺におけるパートナー企業の組織化、共創ワーキングチーム
丸亀製麺には「想いに共感してくれる」パートナーとなるエージェンシーが各分野ごとにいる。
例えばコンテンツ作りのパートナー、CXやDXのパートナー、ソーシャルメディアのエージェンシーなど、多岐にわたる。それらのエージェンシーが広い会議室に一堂に集まり、多いときでは7-8社が同じテーマで話し合うといった会議を2年にわたって続けている。
そうすると、こうした企業同士が自発的に協議して提案がでてくるという自律的な活動がなされるようになった。こうした活動は、各社とNDAを締結しているが、情報はなるべくオープンにしている。「共に想い、共に創る」関係性をもったこうしたエージェンシーの集まりを「共創ワーキングチーム」と名づけている。(図2)
これからのCMO/マーケターのあるべき姿
マーケティングの役割が広がる中で、これからのCMOやマーケターのあるべき姿を考えたい。
トリドールでは「二律両立」あるいは「非合理性の追求」を強みとし、成功へ道なき道を作り歩み続ける勇気を持つことを心がけている。
先が見えない、答えが見えない、逆境の状況下で、自分を信じ、自ら手を挙げ事業全体をリードする覚悟を持とうとしている。
顧客視点、従業員視点、経営視点、ミッション/バリューからの視点を統合し編集しつつ、設計図とストーリーを描き、感性とデータおよび数字、そして自らの想いをもって語れるようになろうとしている。
さらには目指す未来を、成し遂げたいことを共に思い、一緒に歩んでくれる同志、仲間、パートナーをつくろうとする。
そうしたことがこれからのCMOやマーケターのあり方であり、我々に求められる役割だと考えている。我々はそうして「日本を元気に」し、より良い社会を創りたい。
記事執筆者プロフィール
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株式会社スペースシップ アドバイザー 大下 文輔(Bun Oshita) 大学では知覚心理学を専攻。外資系および国内の広告代理店に18年在籍。メディアプランニング、アカウントプランニング、戦略プランニング、広告効果測定のためのマーケットモデリング、マーケティングリサーチの仕事に従事する。またその間、ゲーム会社にてプロダクトマーケティング、ビジネスアライアンスに携わるとともに、プロジェクトマネージャーとしてISPやネットワークビジネスの立ち上げに参画。 |